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旅行記in萩 vol.2 [長州]

レンタサイクルで萩城城下探索へGO。


鍵曲.jpg
鍵曲(かいまがり)
城下に侵入した敵を迷わせて追い詰めるための昔の人の知恵が働いている界隈。道が見通しのきかない構造になっている。


この練塀と夏ミカンの風景 たまんねぃっす。


長州の方々はこんな風景、日常茶飯事だったんですね。秋も過ぎる季節でしたが夏ミカン、どこもかしこも夏ミカン。。奔走中の志士たちは、カンタンな手土産に夏ミカン持ってったんでしょうねきっと。
練塀の中身には実は瓦が積まれているんですね、頑丈頑丈。



萩城下を離れ、松本川を渡って松陰神社付近へ。


松下村塾.jpg
松下村塾
吉田松陰が主宰した、幕末期に活躍する多くの人材を輩出した学舎。高杉晋作をはじめ、久坂玄瑞・前原一誠・木戸孝允・山田顕義・品川弥二郎・山形有朋・伊藤博文などがここの出身。



来たぁああ!! 本場の松下村塾。
以前、東京の世田谷区にある松陰神社で松下村塾のレプリカは観たことありましたが、存在感がまるでチガウよ!モノホンだよ・・・

ここから多くの英雄たちが輩出されたんですね。そうなんですよね。もうもうテンションあがっちゃうよね!しょうがないよね!!


松陰先生の講義スタイル、皆さん知ってます?
普通、先生が部屋の一番前にいて、生徒の皆が先生の方に向かって座る配置でしょう。

松陰先生はなんとこの時代に‘コノ字’の配置で授業をしていたんですね。
生徒の輪の中に先生も座って、皆向かい合わせて顔が見えるように。そして、生徒同士で相手のいいところを発見し合っていったんですって。アットホームだなぁ。

だから松下村塾の人たちはずば抜けて仲が良かった、仲間に対する対抗心や劣等感を生まれさせない、それが松陰先生の教育スタイル。センセーー!サイコーっす!!


皆が吉田松陰のことを「先生」「先生」と呼ぶ中、晋作君だけは「松陰」と呼び捨てだったそうな 笑
それだけ信頼し合ってたということですね。





伊藤博文旧宅.jpg
伊藤博文旧宅


藁葺き屋根だぁ。。。あれ、梯子が掛かってる?
おじいちゃん、何やってるの?

雨漏り.jpg


雨漏りの修繕作業をしてました。なんだかホッコリ・・・

建物の傍らにおばあちゃん。声を掛けてみると、修繕作業中のおじいちゃんの奥さんでした。


「もうすぐ80になりまぁす」

とってもノリのいい、かわいいおばあちゃんでした~
旦那さんの仕事が史跡の修繕だなんてうらやましすぎるぞ







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